Photo by Unsplash, SI Janko Ferlic
「新しい国保のしくみと財政」(神田 敏史・長友 薫輝 共著)の一枚絵化もそろそろ終盤です。
といいつつなかなか終わりませんが。😞
「複雑怪奇」
以前に読んだ国保関連の論文で、国保の財政構造のことを「複雑怪奇」と表現しているものがありまし。
その論文を読んでいる時点は国保のルールをほとんど知らない状態だったので「あーそうなんか」程度でした。
今「新しい国保のしくみと財政」で、保険料の決め方を紹介している部分を読んでいます。
確実に眠くなりますよ。💤
眠れないかたにぜひおすすめしたいです。
ただ読んでいるだけなら確実に眠ってしまいそうですが、一枚絵にしている=手を動かしているおかげで、眠さには負けないです。
これも一枚絵の立派な効能ですね。すごいよ。👍
今日のひとりブレーンストーミング
保険料が高くて払えない ⇒ 保険料収入が下がる ⇒ 国保財政悪化 ⇒ さらに保険料が高くなる ⇒ 払えない・・・
悪循環はどこで断ち切るべきなのでしょうか?
「保険料が高くて払えない」と言い切っているのですが、これも精査したほうがいいのかもしれないです。
本当に生活が苦しくて保険料が「払えない」ということをまず考えます。
その反対として、保険料があまりにも高くて「払わない」ということもあるのではないのか?
どちらも保険料を集めることができないという結果としては同じです。
でも「払えない」「払わない」に分けて方策を考えたほうがいいのではないのか?
「払えない」場合は、払えるような方策を取れば払ってもらえるのではないのか?
「払わない」場合は、仮に保険料が下がっても「払わない」のではないのか? → 保険料が高いことよりも、そもそも社会保険、国民皆保険への期待値が低い?
「払えない」場合でも、現時点で健康面に問題がないのなら、限りなく「払わない」場合の心情に近づいているのかもしれません。
収入がアップして、払えるようになった場合に、「払えない」→「払わない」に変わったりしないでしょうか?

まるっと解決できるのがいいのですが、「払えない」場合で、切実に医療サービスを必要とするケースについて、いい解決方策を考えるということが最優先でしょうかね。



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