昨日に引き続き「国民健康保険における保険料賦課思想の変遷について」のしっかり読みです。
いやー進まないですわ。
迷子になりそうなので整理をします。
1958年国民健康保険法制定時に
が記載されています。
国民皆保険制度が達成されたのが1961年のことなので、それ以前にこのようなルールが設定されていることは注目するべき点です。
三井氏によると、国保は、市町村・被保険者の財政・所得状況、地域経済などにより、格差が生じるために、制度として公平さのあり方が模索されているとのことです。
三井氏論文に記載されている、国保の公平さ模索の歴史を記載します。
📌 1962年「社会保障制度審議会の総合調整に関する勧告」
「負担公平を図り各制度財政運営の安定化を図るために、保険者間にプール制を導入、財政調整」をしましょうとのこと。ただし実施方法の詳細の記載はなかったそうです。
ただし、この勧告は、多方面に「国保を何とかしよう!」という機運を高めるきっかけにはなったそうです。
そこで・・・
📌 1963年「全国市長会の提言」
全国一本の医療費段階別準拠料率を定めることを提案だそうです。
なかなか大胆。
📌 1965年「国保中央会の提案」
1963年の全国市長会の提言を発展させて、全国で統一した標準保険料を制定しましょうという提案です。
残念ながら、全国市長会・国保中央会それぞれの提言・提案は原文を入手することが難しいです。
全国市長会はウェブページにお問い合わせフォームがあったので、おたずねしてみました。
何か手がかりをいただけるといいのですが。
国保中央会もウェブページがありますが、お問い合わせフォームらしきものはありません。お問い合わせ先も電話かFAX番号しか表示されていません。
いきなり電話でお聞きするのもですし、わが家は固定電話がないので、FAXもありません。
ここまで入力する以前に読みながら気づくのですが、全国市長会・国保中央会の提言・提案の方向性は、都道府県単位化に近しいですよね。
細かい単位ではなくなるべく大きな組織で運営管理したほうがいいという発想は、ほぼ同じ。
でも、都道府県で保険料を統一することも、ままならない状況です。
国民皆保険制度スタート時に国保に関わっていた人たちと、今都道府県単位化の時代に国保に関わっている人たちは、まったくちがうでしょうから、考え方もちがうのは当然です。
先日読んだ「新しい国民健康保険制度の評価と課題」(西沢 和彦・2018年)でも、都道府県単位化の問題があることを指摘している論文が紹介されていました。
都道府県単位化の最終目的は都道府県内での保険料統一ですが、47都道府県全てが達成するのはまだ時間がかかるようです。
国保の保険料のあり方、都道府県単位化にいたる歴史だけでも、まだ深堀する必要がありそうです。
もうここまで来たらとことん調べつくしますよ。
国民皆保険制度が達成された時点からの、国保の歴史をしっかり押さえます。
国や省庁、団体が発表した提言や提案は出来る限り入手し、原文を読むことにします。
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