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今日はカフェ勉してまいりました。
効果絶大ですよ。居眠り事故なく、びしっと集中できました。
本日の活動
一枚絵化第4弾、明日で完了の予定です。
完了する!するといったらするんです!!しなさい!!(呪文のように唱える。)
私が「国民皆保険制度」について関心を持つようになったきっかけは、偶然の出会いでした。
二木 立先生の講演会レジュメ(らしきもの)をインターネット上で拝見し、その中のある一言が始まりでした。
(上記は「2021年10月30日 第59回日本医療・病院管理学会学術総会・特別講演 コロナ危機後の医療提供体制-予測と選択」より。以前はインターネット上で探すことができたのですが、今は見つからない、というか私が見つけられないだけかもしれません。)
最初この一文を読んだときは「そんな大げさな」と思いました。
でも、他の文献・書籍を読むうちに、完全同意です。むしろこのことはもっと評価されるべきであるとも思います。
「保険証があれば、体調が悪いときにすぐに診察や治療を受けることができる」ことが、今の日本ではまだ当たり前のことです。この「当たり前」はけっして昔からあったものではありませんでした。
「日本の国民皆保険」でも「社会保障は国民の「安心・安全な暮らし」を支え社会の安定にも寄与している」(202ページ)、「医療政策の理念は人間や社会の在り方に関わる」(209ページ)といった記述が見えます。
社会保障、その一種である国民皆保険制度とは、単なる制度ではなく、なくてはならない生活インフラということでしょう。
つまり、財政状況が思わしくないからといって、簡単に公的医療制度の内容を改悪する、廃止するみたいなことを安易にするべきではないはずのものです。
政治家や官僚の方々には、今一度、社会保障や国民皆保険制度が存在する意味をよく考えていただきたいものです。
国民が健康で働くことができるからこそ、納税もできます。
国民皆保険制度や公的医療保険制度は、そのために必要不可欠なもののはずです。



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